人気ブログランキング | 話題のタグを見る

金仙寺(こんせんじ) ・菖蒲塚( あやめづか) 古墳

金仙寺(こんせんじ) ・菖蒲塚( あやめづか) 古墳_a0122847_19272765.jpg

金仙寺(こんせんじ) ・菖蒲塚( あやめづか) 古墳_a0122847_19272720.jpg

金仙寺(こんせんじ) ・菖蒲塚( あやめづか) 古墳_a0122847_19272797.jpg

金仙寺(こんせんじ) ・菖蒲塚( あやめづか) 古墳_a0122847_19272744.jpg

金仙寺(こんせんじ) ・菖蒲塚( あやめづか) 古墳_a0122847_19272782.jpg

前回ブログで菖蒲塚古墳の看板の写真を載せましたが、その古墳が位置しているのは、岩室温泉から車で5分~10分の所にある、金仙寺の境内背後になります。
菖蒲塚古墳は、前方後円墳で、後円部に比べ 前方が細長い「柄鏡式」と呼ばれる形です。
日本海沿岸部では最北端に位置しております。
このあたり蒲原地方の支配者の墳墓としてつくられた(5世紀代と推定)と考えられております。
菖蒲塚 と言う名前は、源頼政の側室
あやめ御前がこの墓に葬られたという伝説からきています。
  この古墳から出土している青銅のだ龍鏡は、第一級の宝器として、
新潟県の文化財に指定されております。
また、金仙寺は治承4年(1180年)源頼政の妻、菖蒲が夫の菩提を弔う為 小堂を建立しました。
そして観音像(弘法大師作伝)を安置したのが始まり とされております。

また菖蒲御前が亡くなると嘉禄2年(1226年) 旧従者達が、道弁和尚を招いて堂宇を建立し、新たに開山したのだそうです。

 江戸時代には、三根山藩主 牧野家の祈願所となり寺領を寄進されるなど庇護されました。

弘法大師越後二十一カ所霊場第十六番札所となっております。
  境内に生い茂る老木から、当時の栄華を偲ぶことができます。古墳にたどりつくまでの、ゆるやかな坂は、とても静かで、野鳥の鳴き声しか耳に入ってきませんでした。 
 菖蒲御前はどんな思いで、都からこの越後の雪国で暮していたのでしょうか・・・・・
  いつの時代でも、殿御の無事を祈る女性の気持ちは同じかもしれません 
by matsuya12 | 2009-07-03 19:27


<< 7な4し・梨の日 婿殿・兼続与六 実頼与七 >>