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天神様  左遷の日

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玄関入って正面に置いてある、梅です

「東風[こち]吹かば
    匂ひ送来[おこ]せよ梅の花 
        主[あるじ]無しとて春を忘るな」

これは、天神様と崇められている、菅原道真が詠み、今日この日、都を旅立ちました
(左遷の際に詠った)

延喜元年(901年)1月25日、右大臣だった菅原道真が、

第60代・醍醐天皇の命によって、

太宰権帥[だざいごんのそち]筑紫国に流罪

大宰府に左遷された事により、

1月25日は『左遷の日』という記念日なのだそうです。

菅原道真は無念の思いを抱きながら、

2年後の903(延喜3)年2月25日に亡くなっていますemoticon-0106-crying.gif

◇天神様の縁日
 毎月25日は、天神様の縁日となっています

 なぜこの日が天神様の縁日となっているのかというと、

これは道真公の命日が

903(延喜 3)年2/25であったことからです。
    (誕生845年6月25日)

emoticon-0133-wait.gif道真公が学問に優れた人物であったことから、

代々学者の家に生まれ、本人も学問肌である上に

学問一筋マジメ・・・そんなところから

天神様は学問の神と
 考えられるようになり

全国の受験生とその家族の合格祈願先として

人気の高い神様となっています。

 元々「天神」さまは、雷神として崇められて

少々恐れられていたそうですemoticon-0107-sweating.gif

道真の死後、都に落雷被害が頻繁におきました。

それは、道真公の死後怨霊となりもたらした

 道真が雷神となった

というウワサが都で拡がり、

  天神様 = 道真公

 と考えられるようになったとか。
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ところで、毎日のように雪が降っている新潟も

今日は晴天、霊峰弥彦山多宝山(たほうざん)も青空のもと

輝いていました。
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写真 右上のとがっている山が多宝山(たほうざん)。

左遷という言葉はあるけど、右遷は聞きませんね。

右肩あがり、、、とか

着物を着ると右前

結婚式の記念写真、右手に旦那様

観客から舞台に向かって見たときに

右側を上手(かみて)左側を下手(しもて)

小さい頃から右手、左手という言葉は親しんでいますが、

私が運転している助手席で

実家の母は道案内をしてくれる時

なぜか、

いまだにミギ、ヒダリ間違えます
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by matsuya12 | 2011-01-25 16:39

こどし(小正月)

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こどしにご注文を承りました仕出し用オードブルです。

小正月をこどし・とも呼んでおります。
1月15日は小正月で、地域によっては

女正月ともいわれています。

小寒が1月6日、二十日正月の20日が大寒と

一年で一番寒い季節で、各地でも記録的な

寒さが観測されております。

その小正月には、どっかりと雪もふり

除雪車が通ったあと、ご近所いっせいに

流雪溝に雪捨て作業を行いました。

隣のおばちゃんがご高齢でしたので、

丁度休みだった息子と、

お隣さんも雪かきをしました。
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なんだか、一体感があって

重労働の雪かきもいいものだなぁ

なんてemoticon-0128-hi.gif

お餅の食べ過ぎダイエットと思い

その時は必死で頑張った雪かき

今日あたりそのつけがemoticon-0141-whew.gif

では、18日今日はどんな日?

第19代・允恭天皇・いんぎょうてんのうが即位した日

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肖像画の一番右です。

允恭天皇の兄二人も天皇に即位しており、

本人が天皇になるとき始めは、自分は病弱なため

という理由から天皇即位は拒んでいました。

また、允恭天皇の長男(木梨の軽の王)、長女(軽の大郎女)は絶世の美男美女

允恭天皇崩御のあと、木梨の軽の王が、

皇位を継承する予定でした。

  兄、木梨の軽の王は、実の妹、軽の大郎女との密通が露見、

皇位継承問題で宮中が揺れ動き、

  2人の噂が広まると、家臣の百官も、世間の人々も、

  ”実の妹と、あらぬ関係をもつような男は、天皇に相応しくない”と、

軽の王の皇位継承には絶対否定。

兄・軽の王は、周りの反対を、武力で封じ込めようと思い

朝廷の武器庫の、矢の先に「銅」を使用した「軽矢・かるや・」を

 用意し戦闘の準備を整えました。

しかし

軽の王は捉えられ、

伊余の湯・いよのゆ・(松山市道後温泉)へ流されたのです。

  密通関係にあった、妹の軽の大郎女・かるのおおいらつめ・は、

兄・軽の王を恋しく慕い

  兄に会いに伊余の湯まで 追いかけて行き、

その地で二人は、共に死を遂げたのでした。
 
  人も羨むほどの美形の兄と妹、2人はタブー(禁忌)を犯してしまった。


  結果、兄は政争に敗れ、共に死を選ぶ運命の 悲恋物語emoticon-0106-crying.gif

そんないろんな事を思いながら、是非お訪ねいただきたいのが
弥彦神社宝物殿です。
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大河ドラマ「江」を母とし

3代将軍家光の妹
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明正天皇です

弥彦神社宝物殿の2階一番奥に

歴代天皇肖像画が展示されております。
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by matsuya12 | 2011-01-18 16:55

2011/1.11.pm11.11

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2011年1月11日11時11分にて

昔、米蔵として使っていた土蔵です。

今日は、蔵開きの日(商売やは、新年始めて蔵を開く)
そして、鏡開きの日
 
その年の年神さまに供えた鏡餅を小さく割り、

お汁粉などにして食べる日でもあります。

元々は武家社会の行事で、具足開きとも言いました。

(鎧や兜に供えた餅を雑煮などにして食べた)
  
そのため、鏡餅は刃物で切ると切腹のようだと

手や木槌で割り、開くようになったことから、

鏡割りでなく、鏡開きと言われるようになりました。

そして、塩の日
1569年(永禄11年)に上杉謙信が宿敵・・・武田信玄の国

(信州や甲斐へ)
新潟の糸魚川市と長野県松本市間を結ぶ

「塩の道・千国街道」によって塩が運ばれた

  「敵に塩を送った」

1/11は、武田領の松本に塩が届いた日とされ、

松本ではこの日(現在はその前後の土日)に塩市が開かれています。
(名称は江戸初期の頃より「飴市」に変わった)。

やっぱり上杉謙信は

私利私欲による戦を起こさなかった稀有の武将だったことが

うかがいしれます。

  塩の話をしたところで、甘いものを一品

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甘い卵焼きです。

みつを作って卵と混ぜてやきます。

みつは水と砂糖は同比率で火にかけて

砂糖を溶かしてできあがり。

卵が5に対して、その みつを1の比率で

ふっくらこんがり焼きます。

だし巻卵もおいしいですが、

甘い卵焼きもいけますよemoticon-0105-wink.gif
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by matsuya12 | 2011-01-11 11:11

生きる気力 年神様 お年玉

今日から、お仕事の方も多いと思います。
  (官公庁御用始)
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 (((松屋の神棚、伊勢神宮、岩室神社、弥彦神社の御札)))
神様からの・・・授かりもの「お年玉」

「お年玉」と言えば、お正月に家族や親戚からもらう

お金を意味しますが、もともと「お年玉」というのは

お正月にやって来る神様=年神(としがみ)様が授けて

くれる霊的な力の事を「お年玉」と呼んでいたんですって。

霊的な力とは、生きる気力を与えてくれるという事です。

霊的な目に見えない物だった年玉が、やがて、いつごろからか、

「お餅」や「お米」といった具体的な物品に変化していき、

今ではお金になりました。

 親戚一同より、お年玉をいただける最後の正月であろう

息子のお年玉を、仕事始めの銀行さんが

回って来てくれたので預けました。

1月4日
この日生まれた越後に関係する歴史上の人物は、、、

徳川家康の6男、松平忠輝です。

家康に嫌われた・・・という伝説があります。

伊達正宗の娘、五郎八姫を正室にむかえ、

越後  上越高田藩75万石の藩主として知られています。

その高田城址は、日本三大夜桜に数えられております。

桜・・桜の花は春咲きますが、

先日、見つけました

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寒桜?いや  狂い咲き  かな

今年も  ぱっと咲きましょう。咲かせましょう
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by matsuya12 | 2011-01-04 16:44

謹賀新年

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  あけまして 

    おめでとうございます。

1月1日  元旦
        本日晴天也

  朝日が昇り、まだ早い時間、北国街道が混まない内に

いざ、弥彦へ(車で10分)   
      越後一宮 弥彦神社へ

昨年一年間飾った〆縄などを、お焚き上げ
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二年参りなどの時は、人がびっしりと一寸ずりになる参道も
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比較的スムーズに流れがありました。

隋神門をくぐるとやはり違う空気の拝殿
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弥彦山が後ろに聳え幽玄と雲がたなびき

パワースポットと最近若者にも人気があるとか。

毎年新潟県内第一位の参拝数となります。

  よい年でありますように
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by matsuya12 | 2011-01-01 15:30